政治と私 - 政治的無関心を乗り越えられるのか? とか、そんな話

こんにちは。甘抹らあです。絵や小説を描く人です。

ここ最近、自分自身と政治のかかわりについて、改めて考えていました。

〈政治〉というものは、私にとって、考えなければならない重大で身近な事柄でありながら、なるべく目を背け続けていたい忌避すべき事柄でもあり、また一方では、一市民としての責任感を持って理解しなければならないと感じている事柄でもありました。
幼い頃から、〈政治〉に対する感情は常に変化し続けています。

今回は、それについて考えをまとめ、向き合おうと思います。

目次

1.東日本大震災当時

1-1.震災前の自分の考え

東日本大震災に見舞われるよりも、少し前のことです。
よく覚えているやり取りがあります。

当時小学生だった私は、教科書で原子力発電について学んでいました。
その時、傍にいた人からこう言われました。

「原発は、事故が起きたら危ないんだよ」

私はそれに対して、こう答えました。

「でも、事故なんて絶対起こらないって書いてあるよ。専門家がそう言ってるんだから、大丈夫に決まってるじゃん」

教科書に書いてあることは絶対に正しいと、無邪気に思い込んでいたのです。

その後東日本大震災を経て、「想定外」という言葉を何度も耳にし、自分の知っている常識がいかに脆いものであるかを知りました。

1-2.実際に震災が起きた時

当初は、なんだか大きな地震だなあというくらいの感覚でした。

電信柱がぐわんぐわん揺れているのを見て、とても驚いたことを覚えています。

幸い家族全員とすぐに連絡がつき、自分自身は事なきを得ました。

歴史に残るような大災害であったことが分かったのは、しばらくしてからのことです。

小学生ながらに、これは大変なことなのだと分かりました。

1-3.その後、連日のニュースを見て思ったこと

皆さんの記憶にも新しいことと思いますが、テレビからは普通の商品のCMが消え、代わりに、耳にタコができるほどACジャパンのCMを聞かされました。

ニュースでは連日、被災地の様子や原発のこと、政府の対応、避難情報などが流れていた気がします。

そんなニュースを見ていると、何かしなくてはという焦燥感に駆られました。

しかし小学生ですから、ボランティアになんて行けません。
寄付するお金もありません。
そもそも、ニュースの内容を正確に理解することすらままなりませんでした。

何かしないといけない。でも、何もできない。
考えないといけない。でも、何をどう考えたらいいのか分からない。

そんな不安な気持ちを抱えたまま、毎日ニュースを見ていました。

身近な人たちが政治に関心のある人ばかりだったのも、大きかったと思います。
政府の対応について、両親がテレビの前で意見しているのを、どうしたら良いのか分からないまま眺めていました。

1-4.初めて、何かを伝えるための小説を書こうとした

そのころ私は、とあるアマチュア童話雑誌のようなものを読んでいたのですが、震災の後しばらくの間、その雑誌の中では震災を扱った小説作品が増えました。

――そうか。

小説は、世相を反映するものなのか。小説を通して、この人たちは何か意見を発信しようとしているのか。
そんなことを思いました。

だから……というわけでもないのですが、そこで思いついたのが、震災をテーマにした小説を書くということです。

それまでにも小説(と呼べる代物ではありませんが)はたくさん書いていたものの、すべて娯楽に特化したものでした。
何かを主張したいから書くのではなく、書きたいから書くという、ただそれだけの。
それがこの時、変わりました。

自分が体験した震災を記録したい。
常識が崩壊する瞬間を描きたい。
今この時を生きている人々の将来を夢想して、希望にあふれた作品にしたい。

そのように考え、小説を書き始めました。

1-5.そして、挫折

小説を書く、というと簡単に聞こえるかもしれません。

しかしそのためには、たくさんの知識が必要になります。

日本語を扱う能力ももちろんですが、それ以上に大事なのが、題材とするものに対する、正確な理解です。

震災についての情報は、ニュースを見ていればいくらでも入ってきました。

でも、それだけでは足りません。

新聞を読んだり、本を読んだりして、知識を得ようとしました。
(小学生当時インターネットはあまり使えませんでした)

そして、当初の予定の十分の一ほどの分量を書き……あっさりと、挫折しました。
知識も技術も経験も、何もかもが不足していたのです。

私はこの小説を放棄し、「大人の世界は、なんて難しいんだ」と思いました。

2.政治経済について学ぶようになってから

2-1.小中高で受けた政治経済の授業

さて前述の通り、東日本大震災をテーマにした小説を書こうとして挫折した私ですが、そこで終わったわけではありません。

政治について理解しなければならない。
自分たち一人一人が、何か行動しなくてはならない。
でも、何をすればいいのか分からない。
そんな漠然とした焦燥感を抱えたまま、年を重ねました。

小学校では、高学年になると政経の授業が始まりました。
中学高校でも、政経の授業はありました。
私はずっと焦燥感を抱えたままだったので、なんとかそれを解消したいと思い、とても真面目に授業に取り組みました。
教科書や資料集を隅々まで読み、テストでは満点を取りました。

ところが残念なことに、一向に、理解は深まりませんでした。
とはいえ、教科書に書いてある原理原則は理解しました。
社会契約説や、三権分立、資本主義と共産主義、大まかな現代社会の歴史、等々。

しかしながらそれらについて学ぶことは、現代社会で起こっている問題について、実際的な理解を深めることには役立ちませんでした。

例えば、ニュースや新聞の内容を思い返してみてください。
固有名詞と専門用語のオンパレードではないでしょうか。
限られた枠内で情報をまとめるため、前提知識のない人間にとっては理解の難しい話ばかりが流れています。

そしてその前提知識というのは、教科書で得られるものだけではありません。
インターネットなどで直近のニュースを辿り、細かい流れを整理するのと同時に、もっと古くから存在する世界史上の国際関係を学ぶことによって、初めて分かるようなものです。

私は、そうしたことを学ぶためにどこから手を付ければいいのか分からず、少し学んでは現実に絶望し、また少し学んでは己の理解の浅さに絶望し、またまた少し学んでは……と挫折を繰り返しました。

2-2.戦争を題材にした文学に触れる

さて。
ニュースや新聞と言った難しいものの代わりに手に取ったのが、文学作品です。

文学と言っても、そこまで難しいものではありません。

例えば、『はだしのゲン』『この世界の片隅に』『夕凪の街、桜の国』『漫画が語る戦争』などの読みやすい漫画。

例えば、『ふたりのイーダ』『白旗の少女』『あの頃は僕たちがいた』『八月の光』などの児童書。

また例えば、『きけ、わだつみの声』『戦没画学生の画集』などなど。

そう言った作品を読むたびに、平和の価値を改めて実感し、やはりもっときちんと学ばなくてはという気持ちになるのでした。

2-2.改めて、何かを伝えるための小説を書こうとする

東日本大震災をテーマにした小説を書こうとして挫折した数年後、今度は戦争をテーマに小説を書こうと試みました。

そこで書いたのが、現在公開中の作品『あなたの言葉を知りたくて』です。

これを書いたときの私は、自分が非常に未熟な学生であることを自覚していました。

相変わらず新聞やニュースの内容は理解できないし、政治というものに対して学ばなくてはならないという使命感となるべく忌避したいという拒否感を同時に抱いているような、不甲斐ない有様でしたから。

それなのに性懲りもなく小説を書こうと思ったのは、自分のような人間の目線から描く〈戦争と平和〉に何かしらかの価値が生まれるのではないか――私のような人間だからこそ、自分と同じ生半可な人間の気持ちに寄り添えるのではないかと考えたためです。

そこで

  • あくまでも個人の目線から見た戦争を描くこと
  • 政治的に偏った内容にならないようにすること
  • 実際にドンパチやっている戦場の描写は極力避けること
  • 架空の戦争を舞台にすること

という4つのルールのもと、書き始めることになりました。

この小説を書くことで、少し自分の気持ちが整理されました。

しかし執筆中には、何度も挫折しそうになりました。
構想から完結までに5年程度かかったほどです。
次の項目では、この挫折について書いていこうと思います。

2-4.取材のための行動と、挫折

戦争を題材にした小説を書くと決めた私は、さっそく取材に取り掛かりました。

とはいえやることは今までと大差なく、戦争を扱った文学を読んだり、文学以外の資料を探したり、博物館や資料館で情報を集めたりと言った感じです。
新聞やニュースも見ていましたが、あまり意義を感じることが出来ていませんでした。

最初の挫折は、「調べること多すぎ!」問題です。

架空の戦争を扱うということで舞台設定を一から考えたのですが、この際に調べなければならないことをリストアップしたところ、何百個にも上ってしまい、到底処理できそうになかったのです。

結局、物語を作るうえで必要なものと、自力で調べられそうなものだけに絞って調べることになりました。

次の挫折は、「やっぱり私にはまだ早いのでは」という懸念によるものでした。

政治の理解が浅くて戦争経験もない私が、戦争をテーマにした小説を書いていいのだろうか? と疑問に思ってしまったのです。

もしかしたらこの小説を読むことで、かえって傷ついたり腹立たしく感じたりする人がいるかもしれない。
そうなったら、とても悲しい。

この点についてはずっと悩んでいた(今も悩んでいる)のですが、結局書き上げて公開することにしたのは、自分の持つ権利を無駄にしたくなかったからです。

今の日本では、長い歴史を経て、なんとか民主主義社会が成立しています。

そして民主主義社会においては、市民一人一人が自分の意見を持って表明し、議論を交わすことでよりよい社会が築かれて行きます。

こうした民主主義社会に生きる一員である以上、どうしたって責任は付きまとうのです。

作品を書いて発表することだけではなく、何もしないという選択を取ることにも責任が生じます。

戦争について学ぶことにも学ばないことにも、それを発表することにもしないことにも、同じだけの責任があるのです。

そうなのであれば、私は今の〈平和な〉日本において、自分にできる限りの意見表明をしたいと考えました。

何も、政治的な発言をしようと思ったわけではありません。

前述の通り、私の小説は政治的に偏った内容にはなっていないはずです。
現代政治のことなんて全然分からないし、戦争の詳しい知識もない。

だけど、戦争は嫌だ。

ただただ、全ての人が平和に暮らせる世の中であってほしい。

お互いを思いやって、支え合って、心身ともに健康で過ごせる社会を作りたい。

たったそれだけのことを表現するために、小説を書きました。

他にも数多の挫折があったのですが、長くなってしまうのでここでは省きます。

2-5.友達との考え方の違い

私は幼い頃から、左翼的な考え方に触れて育ってきました。
そのため小学校五年生くらいまでは、左翼の考えが世間のスタンダードで絶対正しいものなのだと信じていました。

それが決定的に変わったのは、中学生になってしばらくした時のことです。

仲良くなったクラスの子たちのほとんど――いや、把握できる範囲では全員が、今まで私の身近にいた人達とは正反対の政治的な意見を持っていることに気付きました。

もっとも確固たる意志を持ってそう言った意見表明をする人は少なく、ほとんどは私と同じように、身近な誰かの影響を受けた考えだったとは思うのですが。

ただ、日常のちょっとした会話の中で、あるいは政治経済の授業中に行われるディスカッションで、自分の親しんできた意見との差異に気付かされました。

その事実が本当にショックで、戸惑いました。

そして戸惑うのと同時に、どうしてこんなに考え方が違うのだろう? と疑問に思いました。
さっきの話に戻るのですが、こういう背景もあって、政治経済の勉強を一層頑張るようになったのです。

2-6.政治的無関心というもの

そんなこんなで、ニュースや新聞が全然分からないなと思ったり、戦争文学に触れたり、なにやら小説を書いてみたり、政経の勉強を頑張ったりしているうちに、高校を卒業する年になりました。

その時の私がどんな状況だったのかというと
「ザ・政治的無関心」
です。

といっても、焦燥感は相変わらずありました。

政治について、戦争について、震災について、きちんと理解しなければならない。
何か行動しなければならない。
そんな一市民としての責任感は、確かにありました。

しかし、何もできないのです。

どんなに頑張っても、何も分からないのです。

あの人の考えにも一理あると思うし、この人の考えにも一理あると思うし、その人の考えにも一理あると思うし、結局どれが一番正しいのかを判断するためのソースはあまりにも理解が難しくて私の手に負えない……といった具合で。

結果、もう私があーだーこーだ考えたって仕方がないのではないか? 優秀な人たちに任せるべきではないか? という考えに至りました。

これが、私の政治的無関心です。

そこで!

まだ、続きがあります。

そこで私は、大学ではもっと専門的に政治のことを学ぼうと考えました。

将来的に国際関係論を専攻して少しずつ学べば、自分でももっと理解できることが増えるのではないか、そして自分の意見を持つことが出来るようになるのではないか。

そんな淡い期待を胸に、高校を卒業しました。

3.初めての選挙

3-1.選挙権があるからには、投票に行かねばならぬ

初めて選挙に行ったのは、大学生になってすぐだったか高校を卒業してすぐだったか……よく覚えてませんが、18歳の時です。

選挙には絶対に行きなさいという教育を受けてきたので、流石に棄権するという選択肢はなく、さあ誰に投票しようかと考え始めました。

3-2.候補者について調べる

ですが私は馬鹿なので、そんなに難しいことは考えられませんでした。

エクセルシートを使って、候補者名を縦一列に、主要な政策分野を横一列に並べ、それぞれの主張と簡単な実績や根拠などを一覧にしてみました。

そして、自分が一番共感できる主張をしている人を選んで、その人についてさらにSNSやHPなどで情報を集め、信頼できる人間かどうかを精査しました。

本当は過去の実績も調べた方が良かったと思うのですが、そこまでは気が回らなかったのが当時です。
というか今でも、政治家の過去の実績を精査できているかと聞かれたら、できていません。
もうちょっとちゃんと調べます。。

3-3.いざ投票へ

調査を重ね、投票先を決めるのにかかった時間は1週間強。

選挙当日の朝に投票所に向かい、ちょっとドキドキしながら投票を済ませました。

4.ヒロシマ・ナガサキに対する感情

4-1.丸木美術館へ

さて。
大学での勉強の話に入る前に、もう一つお話しておきたいことがあります。
それは、ヒロシマ・ナガサキについてです。
この二都市が被爆地であることは、みなさんご存じのことと思います。
原爆投下について私は多大な興味を持っていました。

そこで一度思い立って、「原爆の図 丸木美術館」へ行ってみることに。
丸木美術館は、広島の原爆投下時の絵が収められた美術館です。

ちょうど他の企画展も行われている時期だったため、展示されている作品の数が多く、丸一日かけてじっくりと鑑賞しました。

また、たまたまその企画に参加されている方がその場にいらっしゃったため、少しだけお話を聞くことができました。
そのお話は、今までに勉強してきたどんなものよりも、一番すっと胸に落ちるものでした。
自分がこんなにも感情論者だとは思わなんだ。

4-2.現地での旅行

それからしばらくして、長期休暇を利用して実際に広島を訪ねることにしました。

広島旅行は、実をいうと前日に緊張しすぎて一睡もできず最悪なスタートを切ったのですが、いざ行ってみればとても充実した時になりました。
呉で戦艦を見たり、広島で原爆ドームと祈念館を訪ねたり、宮島で厳島神社を眺めたり……。

この時の旅行を基に書いた小説が『まなざし』です。
非常にクオリティが低いというか、ぶっちゃけ広島旅行の記録を書きたかっただけだろ! って感じの作品なんですが、広島の雰囲気は伝わるんじゃないかなと思います。

そうこうすることで私が考えるようになったのは、やっぱり平和が一番だよなということです。
何の面白みもなくてすみません。
地に足のついていない理想主義だと思われるのかもしれないけれど、でも理想を掲げないことには何も変わりません。

戦争は過去のことではなく、現在進行形で世界各地で起きていることで、日本も国際社会の一員としてそれにかかわっています。

一体どうしたら、これ以上人が死ななくて済むのか。

いや、傷つきすらしてほしくないし、自分だって傷つきたくないし、傷つけたくもない。

どうしたら、政治的紛争の解決手段として戦争が用いられずに済むのか。

どうしたら、いたずらな軍拡競争が終わるのか。

ずっと考えています。

5.大学での授業

5-1.平和構築って何だよ

さて、ようやく大学生になりました。なりましたよ。

私は高校を卒業する時点で、国際関係論に興味を持っていました。

そのため、春休みの間に関連書籍を読んで多少の予備知識を身に付け、そうした書籍の著者である教授等が担当されている講義を受講することに。

ところが……、その講義のうちの1つが、最悪だったんですよ。

1回目の講義はなかなか面白くて、私は頑張ってコメントペーパーにたくさんの感想や疑問点を書きました。

すると2回目の授業の時に、

「なんかめっちゃいっぱい書いてくれた人とか、私の専攻分野に興味あるってアピールしてくれてる人とかいるんだけど、コメントペーパーに何書いても成績には反映しませんからね?笑」

と先生に言われてしまい、一瞬思考が停止しました。

>>>何を言っているんだこいつは<<<

私に言っていたのかどうかは分かりません。違う誰かに言ったのかもしれないし、別に誰に向けて言おうとかそんな意味のあることは考えていなかったのかもしれません。
でも大事なのは、その内容。

コメントペーパーにたくさんの内容を書くことが、自分の意見や関心を表明することが、点数稼ぎだと思われている?????

確かに、気に食わない内容があったかもしれない。
そのコメントペーパーを書いた学生の理解に間違いがあったのかもしれない。
字が汚かったり言葉遣いにムカついたりしたのかもしれない。

だけど、それを馬鹿にするような発言をするのは問題外です。

この人は学生のことを見下していて、自分が知性で優越した存在だと思っているんだろうな……と感じました。

仮にそうなんだとしたら、何が平和構築だ。
こんな奴が語る平和構築なんて! 平和構築なんて!!!

それ以来、その授業には一度も言っていません。教授とも会ってないし、その教授の著作はBOOKOFFで売りました。
本気でムカついてしまった。名前も忘れた。多分今後も二度と会わない。

5-2.今一度、東日本大震災に立ち返る

そんなことがあったせいで、今一度「大人って何なんや」「学問って何なんや」「政治学んで何になるんや」みたいな気持ちになった私です。

しかし一方では、良い出会いもありました。

それは政治とは全く関係のない講義で、放射線について学んでいた時のことだったのですが、話の流れで東日本大震災の話も出ました。

そこで教授が震災後の様々な取り組みの事例を紹介してくださり、非常に興味深かったです。
質問しに行った時も丁寧に対応してくださって、優しい方でした。

それでなんだかんだと考えて、少し思ったのは、やはり身近な例の方が考えやすいのだろうか? ということです。
「国際関係論」「平和構築」というと範囲が広すぎて曖昧模糊としていますが、「東日本大震災」と言えば多少は範囲が狭まります。
そのため、より的確な質問をしたり、自分の意見を育んだりしやすいのかなと思いました。

5-3.教授への幻滅。自身への幻滅。

さて。

そんなこんなで、教授に幻滅したり別の教授に救われたりしたわけですが、私は自分自身に対しても少なからず幻滅していました。

だってそうじゃないですか。
文句があるなら、学問で戦えばよかった! 知性で殴ればよかった!
講義に出続けて、対等に意見できるようになればよかった!!!

人がどうであろうと自分は自分だと考えて、真面目に学業にいそしむことだってできたでしょう。

それができなかった自分自身に対して、心の底から幻滅しました。

6.新型コロナウイルスの流行

6-1.すぐに終わると思っていた

幻滅しているうちに始まったのが、新型コロナウイルスの流行です。
私も感染しました。その時のことはこちらの記事にまとめてあります。

【COVID-19】新型コロナウィルス陽性になっちゃったときの備忘録と現状報告

こんにちは、甘抹らあです。絵と小説を書く人です。 Twitterではご報告したのですが、先日ついに新型コロナウイルスCOVID‑19に感染してしまいました。 その時のことについ…

感染拡大が騒がれ始めたばかりの頃、私はすぐに鎮静化する類の病だと思っていました。
それこそ、三か月後には収まってるでしょ? と思っていたんです。

それが1年たっても2年たっても収まらないという悲劇。

そして、自身が感染したことによる不安感の増大と、政治への不信感、なおのこと何かしなければならないという焦燥感……。

モヤモヤが募っていきました。

6-2.様々な意見衝突、答えのない問い

COVID-19に関しては、非常に多種多様な意見がありましたし、今もあります。

  • ワクチンを接種するか否か。
  • 何回までなら接種するか。いつまで接種が続くのか。
  • 単なる風邪に過ぎないのか。
  • マスクに意味はあるのか。
  • いつまでコロナ禍だと言い続けるのか。
  • 子供たちの免疫力が下がらないか心配だ。
  • 外出自粛に意味はあるのか。
  • いい加減、友達と遊びたい!
  • 飲食店や医療現場が逼迫していてもうヤバイ。

などなど……。

中には陰謀論めいた意見もありますが、そういう意見が出るのも理解できます。
今の世の中、ディストピア味が強い。

6-3.自分の意見は何か

そんな中に身を置くことになり、否応なく自分の意見というのが生まれました。

卑近な話題になればなるほど、政治的な意見も勝手に育まれるものなんだなあと、どこか客観的に自身を観察しています。

卑近な話題と言えば、インボイスもめちゃくちゃ反対です。

こうやって、自分に身近な例から少しずつ政治的な考えを持てるようになっていけばいいのかなと、今では思っています。

7.戦争のこと、再び

7-1.ロシアとウクライナ

ウクライナとロシアの問題は、何も今に始まったことではありません。
ですが、2022年の2月に戦争が始まり、急速にメディアで取り上げられることが増えました。

7-2.イスラエルとパレスチナ

イスラエルとパレスチナの問題も、今に始まったことではありません。今まで何度も軍事衝突を繰り返してきました。
しかしこれもまた、ハマスの攻撃とイスラエルの侵攻によって事態が急速に悪化しています。

7-3. 空白

SNSを見ると、現地の人の発言が流れてきます。

「今、ここ」に生きている人がいて、同じ地平で起きている出来事なのだと分かります。

国際社会の中で、なんとなくスタンダードとされている、マジョリティとされる意見が形成されていきます。

ロシアは悪で、ハマスはテロリストで、キリスト教徒はシオニズムを支持してイスラエルに味方して――

無関心でいること、あるいは黙秘を続けることは、沈黙のうちに、そのヘゲモニーに従っていることになります。

  • 「私は、本当にそう思っているから、それが私の意見だから」
  • 「別に私には関係ないから、遠い国のことだから」
  • 「専門家たちが考えて結論を出しているんだから、それが正しいに決まっているから」
  • 「日々を生きるのに精いっぱいで、政治なんて考えている余裕はないから」

きっとそれぞれに理由があって、考えがあるのでしょう。

私にそれを否定するつもりは毛頭ありません。

私自身、政治のことは未だによく分かりません。

人の数だけ存在する考えは、そのどれもが尊重されるべきです。

少なくともその人にとっては、その人の前に立ち現れている現象が事実そのものなのですから。

だけど何度も言うように、人が傷つくのは嫌です。

直接的にせよ間接的にせよ、人が傷つくことを肯定したくないし、肯定することに加担したくありません。

だから私は、戦争は即時停戦されるべきであり、戦況で優勢にある方こそが停戦に応じるべきだし、人質は全員生きて解放されるだし、そこに政治的な駆け引きが行われてはならないと思います。

8.生きにくさと障害学

8-1.自分の不安障害

私は不安障害と診断されています。
正直診断はどうでもいいのですが、要するに、不安を感じやすくて生きにくいということです。
詳しくは、以前こちらの記事に書いたので、関心のある方はぜひ。

情緒不安定な絵描きが、自分自身の経験から、不安障害との付き合い方を考える

こんにちは。甘抹らあです。絵と小説を描く人です。 今回は、不安障害というものについて、自分自身の経験を踏まえながら、色々考えていることをお話ししてみます。 細か…

このような性質を持って生きる中で、どうしたらもっと生きやすくなるのかを考えるにあたり、大きな助けになると感じたのが「障害学」という学問です。

「障害学」と聞いて、どのような学問を想像されるでしょうか?

バリアフリーを進めるための制度を考える学問?
例えば、車いす用のスロープを設置したり、点字や手話による情報保障を提供したり。

あるいは、精神障害の治療について考える学問?
精神科とカウンセリングの接続や、薬物療法、認知行動療法などについて。

またあるいは、障害があっても生きやすい社会を考える学問?
「障害者も同じ人間なんだから、人権を尊重しないと」と。

いずれも、障害学の一つの側面ではあることは否定できません。

しかし一番大切なのは、社会モデルと言う考え方を用いた共生社会の実現というところにあるのではないかと、私は理解しています。

8-2.社会モデルに基づくダイバーシティ・インクルージョン

社会モデルとは何か?

一言で「これだ!」とズバッと定義できたらかっこいいのですが、おそらく誤解を招いてしまうので、少し長めに検討します。
説明ではなく検討としたのは、基本的な定義はあるものの、論者によって少しずつ捉え方に相違があるためです。
また、私自身の理解が適切かどうかも分かりません。
そのため、あくまでも自分の理解に基づく検討という形で書かせていただきます。

従来、障害者は障害があるせいで日々困難に直面しており、その困難を解決することは障害者個人の責任か、あるいは社会が倫理上負うべきとされる責任だとされてきました。

このように、障害の原因を個人に帰し、個人で解決できるのだから個人で解決すべきだと考えるのが、障害の個人モデルと言われる考え方です。
本当は、個人で解決できない問題が含まれていたり、個人の責任であっても社会で解決すべきだとする声があったりするのですが、とりあえず、障害を個人レベルの問題として考えるものと理解しておけば、おおむね間違っていないのではないかと思います。

それに対して、困難が生じるのは障害のせいではなく、障害を持ったマイノリティ向けに社会が設計されていないせいであり、つまり社会が変われば困難を解決することが可能なので、困難を解決するのは社会の責任だとするのが障害の社会モデルです。

そもそも障害は、障害それ自体が問題なのではありません。
今現在の社会においてマジョリティ側が求めている能力と、個人の性質との間で不調和が起きることが問題なのです。
(痛みを伴う障害はそれ自体が苦痛の種ではないか、障害と障害を持った個人を切り離してはいけないのか、等々の問題もありますが、一度置いておきます)

例えば、車いすユーザーがエレベーターやスロープのない建物で上の階に行きにくくて困ったとして、それは車いすユーザーの肢体不自由が原因なのではなく、建物にエレベーターやスロープがないことが原因なのだと考えます。
建物を車いすユーザーが使いやすいように設計すれば、この問題は解決できます。
そのため、建物の事業主などはそのことを考慮しなくてはなりません。

この場合はバリアフリー化あるいは事前環境調整の例として考えることができますが、こうした全体に対する改変の他に、もっとミクロなレベルで事後的な改変が求められる例もあります。
そちらは合理的配慮と呼ばれるものです。
長くなるので簡潔に書きますが、例えば“聴覚過敏の生徒がイヤーマフを着用する”、“字を読めない人が音声読み上げソフトを利用する”などのモノを用いるものの他、“発表が苦手な生徒の課題をレポートで代替可能とする”、“人よりも業務に時間がかかる社員の業務量や〆切を調整する”といった例外的なルール変更による対応などが挙げられます。

こうした考え方を上手に利用しながら、多様な性質の人が共に生きられる社会を作ることが、ダイバーシティ・インクルージョンと呼ばれています。
日本語に訳すと、多様性の包摂ですね。共生社会という言葉が使われることもあります。
教育現場においては、インクルーシブ教育という概念も、近年よく聞かれるようになりました。

これらについて話すと様々な論争が関わってきて長くなってしまうので、また別の機会に譲るとして、今回の記事の内容(「私と政治」)に戻ります。

障害学について学ぶうち、今の社会がいかに偏っていて、その偏りをなくすための取り組みがいかに進んでいないのか、改めて実感しました。
そこでいま一度、自分が生きやすい社会を作りたいからという理由での政治的関心の高まりを感じているのです。

これに関連して、当サイトがアクセシビリティの観点から言って未だ不十分であることが本当に不甲斐ないです。
より情報にアクセスしやすいサイトがつくれるよう、技術を身につけるのとともに表現を工夫してまいりますので、今しばらくお時間をください。
大変申し訳ありません。

9. 科学リテラシーというもの:専門家に任せておけばよいのか?

最後に、科学リテラシーに触れて今回の記事を終えます。

冒頭で、「専門家が原発は安全だといっているのだから大丈夫に決まっている」と思い込んでいた話を書きました。

原発に限らず、特に「科学」と言われる分野に関することは専門家に任せておけばいいんだと思われがちな気がします。

しかし本当は、専門家が絶対ではありません。

そもそも、科学が絶対ではありません。
日々新しいことが分かり、常識は絶えず更新されています。さらに、科学的な根拠が乏しい中でも決定を下さなければならない場面は数多くあり、その都度、「何が最善なのかは議論の余地があるが」という留保付きで、体制の価値判断にのっとった暫定的な判断が行われています。

知識豊富な専門家が、知識の欠如した一般市民に知識を伝達するという形での科学コミュニケーションは「欠如モデル」と言われており、かつて有力な考え方だったそうです。

しかし現在は、市民と専門家の双方向的な科学コミュニケーションが志向されています。

一方的な知識伝達・科学的な理解だけではなく、社会背景や価値判断を踏まえた理解と判断、対話が求められているのです。

10.まとめ

政治は難しいです。
簡単だよ、という人もいますが、私にとっては難しいです。
でも、「私」の問題です。
自分とは関係のない誰かの、自分とは関係のない世界で起きている物語ではありません。

だから私は、単純にしか考えられないかもしれなくても、考え続け、そして、表明し続けます。

私は、生命を至上とする人権を、すべての人の人権を尊重します。
あらゆる差別と全体主義、自己責任論に反対します。
たとえ現実に絶望しても、理想を現実に合わせて変えることはしません。

こういうこと言うの、怖いです。本当は怖い。すごく怖い。
どう思われるか分からないし、勉強不足なのは自分が一番分かっているから。
できればずっと黙っていたくて、何も考えずに幸せになれたら良いなと思います。
でもそれじゃダメなんです。ダメなんですよね。
だから考えて、表明して、考えて、逃げて、また向き合って、逃げて、考えて……そうやって生きていきます。

それではまた、一緒に頑張っていきましょう。

無理しないで、自分が一番良いと思える生き方を。

甘抹らあでした。

参考文献一覧

※これらの文献の内容に全面的に賛成!! ということではなく、自分でいろいろ考えたり調べたりする中で、特に参考になったなと思うものです。

  • 飯野由里子、星加良司、西倉実季『「社会」を扱う新たなモード 「障害の社会モデル」の使い方』生活書院、2022年
  • 石川准, 長瀬修編著『障害学への招待』明石書店、1999年
  • 石川准, 倉本智明編著『障害学の主張』明石書店、2002年
  • 柄谷行人『世界史の構造』岩波書店、2015年
  • 倉本智明, 長瀬修編著『障害学を語る』エンパワメント研究所、2000年
  • 高島鈴『布団の中から蜂起せよ アナーカ・フェミニズムのための断章』人文書院、2022年
  • 中邑賢龍・福島智『バリアフリー・コンフリクト 争われる身体と共生のゆくえ』東京大学出版会、2012年
  • 中村好一『基礎から学ぶ 楽しい疫学』第4版、医学書院、2020年

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