情緒不安定な絵描きが、自分自身の経験から、不安障害との付き合い方を考える

こんにちは。甘抹らあです。絵と小説を描く人です。

今回は、不安障害というものについて、自分自身の経験を踏まえながら、色々考えていることをお話ししてみます。
というか、色々考えていたら吐き出さずにはいられなくなってしまったので、この場を借りて吐き出させてください。

細かいことは後述しますが、私は不安障害というものを持っています。

もしもこの記事を読んでいる方の中に、私のような性質の人間をよく知らない方がいらっしゃれば、少しでも知るきっかけになったらいいなと思います。

あるいは、私と似たような性質の方がいらっしゃるのであれば、同じような人間がここにもいるんだなと思っていただけたら嬉しいです。

自分自身の経験をもとに、色々と書いていきます。
身バレ防止のために一部時系列を変えたり、人間同士の関係性を変化させたりした部分がありますが、大筋は事実です。

では、本題に入りましょう。

【不安障害とは?】

様々なことに不安を感じ、生活に支障をきたすような状態の診断名です。社交不安障害全般性不安障害などが含まれます。

適当なことを言ってしまうのが怖いので、この障害そのものについて詳しく知りたい方は各自で調べてみて下さい。

医師からは、脳内で不安を軽減させるような物質の分泌量(セロトニンとかなんとか)が少ないから、落ち込みやすくなったり、緊張しやすくなったり、様々なことに不安を感じるようになってしまったりする――といった話を聞きました。

決して珍しい障害ではなく、特に日本人には結構多いみたいです。
潜在的な患者も含めれば、10人に1人以上はいるんじゃないかと。

そしてこれはド偏見なんですが、ネットで創作活動をされている方の中には、こうした不安障害のようなものを抱えている方が数多存在するのではないかと思っています。
なぜなら、感受性の豊かな方が多いからです。
そんなことはないでしょうか?

※参考サイト(「不安障害」で調べれば、色々出てきます)

不安障害|こころの病気について知る|ストレスとこころ|こころもメンテしよう ~若者を支えるメンタルヘルスサイト~|厚生労働省〈https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/stress/know/know_02.html#:~:text=%E4%BA%BA%E3%81%AB%E6%B3%A8%E7%9B%AE%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B,%E3%82%92%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%99%E3%81%93%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%82%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82〉(2022年11月27日閲覧)

不安障害・パニック障害 | 鈴鹿の心療内科・精神科 すずかこころのクリニック〈https://suzukakokoro.jp/medicalcontent/anxietydisorder/〉(2022年11月27日閲覧)

【日常生活における、具体的な困りごと】

まずは、私がどんな人間なのか書いてみます。

私は物心ついた頃からずっと、以下のような状態が続いていました。
時期や状況によって症状が軽かったり重かったりと一定ではないのですが、おおよそこの通りです。

1.学校生活編

  • 1人で職員室に入れない(友達が一緒でも緊張する)
  • 日直が苦手(号令や発表など)
  • 大人数の前での発表が苦手
  • なかなか友達ができない
  • 先生に質問をする時、過剰に緊張する
  • 授業中の教室に途中から入るのが苦手(遅刻した時など)
  • 団体競技が苦手(体育の授業など)
  • 自己主張ができなくていじめられる/軽んじられる(ドM扱いとか)
  • 上記のような心配事を気にせずに頑張ろうとして、逆に空回る→結果、他者に迷惑をかける。

2.バイトや日常生活編

  • zoomでの話し合いができない(緊張するというレベルではなく、体が固まって動けなくなる)
  • 電話で人と話すのが苦手(zoomと同じく、体が固まって動けなくなる)
  • 挨拶ができない(声が出ない/タイミングが掴めない)
  • 上司に見られながら働くのが苦痛(いつも通りのパフォーマンスが発揮できない)
  • 靴屋や洋服屋で試着ができない
  • お店で店員さんに話しかけられない(向こうから話しかけてもらえても上手に対応できない)
  • 困っているという事実を人に伝えられない(助けを求められない)
  • 人からどう見られているのかが過剰に気になる
  • 自分の言動が誰かを傷つけていないか、常に気になる(加害者意識が強い)
  • 夜、色々なことを考えてしまって寝つきが悪い

【実体験――不安障害で苦労したエピソード】

続いて、病院に行くまでのことや私が実際に行っている対策を述べていきますが、その前に、より具体的なエピソードを紹介させてください。

このエピソードを読むことで、不安障害を抱えている人がどんな気持ちで生活しているのか、理解が深まるかもしれないと思うからです。

先ほども言った通り身バレ防止のために改変した部分はありますが、実体験です。

1.いじめ

小学生の頃、とあるクラスメートから3-4年間に渡っていじめられていました。

例えば物を盗られてしまったり、自由帳に描いていた絵を勝手に描き変えられたり、たくさん罵詈雑言を吐かれたり、暴力を振るわれたり……。

それ自体は今となってはどうでもいいのですが(良くはないか)、それ以上に辛かったのが、そのことを誰にも相談できなかったことです。

(というか未だに家族には話してないから、もしかしたらこの記事を読んで初めて知るのかもしれないです。
 もし読んでいたらごめんね。何も言わないでね)

さて。
そんなある日、いじめっ子とは別のクラスメートから、「いじめられているなら、先生に言いなよ」と言われました。

その子は、とても良い子だったんだと思います。正義感に溢れていて、友達を思いやる気持ちを持っている人です。

しかし、私はその子の厚意を活かすことができませんでした。

「いじめられているなら、先生に言いなよ」と言われた時には、「私も先生に言いたいけど、どうすれば話せるのかが分からないんだ」と思っていました。

そう、私は先生にそうした相談をすることができなかったのです。

忘れ物をした時にそれを申告することすらできない引っ込み思案でしたから、ましてやいじめの相談など出来るはずもないのです。

だけど自分でも、それがどうしてだか分かりませんでした。

いじめが辛くないわけではありません。

先生を信頼していないわけでもありません――いや、完全に信頼していたわけでもありませんが(いじめっ子と何年も同じクラスにされたりしたので)、それが主要因ではありません。

それなのに、相談することがどうしてもできませんでした。

先生だけではありません。

家族にも、他のクラスメートにも、自分から相談することができませんでした。

どうしてできないのか。

考えても考えても、「ただできない」「漠然とした不安があるから」という答えに終始するのです。

ある時、クラスメートの密告を受けて、先生が話を聞きに来ました。
でもやっぱり、私は上手く話せませんでした。
相手の方から歩み寄ってくれたというのに、それでもなお、私の口は貝のように閉じたまま、全く動かなかったのです。
なんて頑固なんだ。

結局その時は、いじめの中の1つの事案についてだけ取り上げられ、いじめっ子から心のこもっていない「ごめんなさい」を言われただけで、その日の会合は終わりました。

そしてそれ以来、二度と会合は開かれませんでした。
いじめも終わりませんでした。
家族や他の先生に報告されることもありませんでした。

小学生の頃の私は、誰かが私のところにやってきて、優しく話を聞きだしてくれることに期待していました。

先生ではなく、友達でもなく、家族でもなく、神様でもない「誰か」です。
その「誰か」は、私にとっては間違いなく白馬の王子様でした。
私は物心ついたころからずっと、白馬の王子様を待っていました。

何をしてくれなくてもよかったのです。
ただ、「私は○○という人たちにいじめられていて、こんなことを言われて、こういうことが嫌で……」という話を引き出してほしかっただけでした。そしてそれを全部聞いて、大丈夫だよと頭をなでてほしいだけでした。

自分でも笑っちゃうくらいに見事な、“夢見の夢子さん”でした。

家族の前では笑っていたし、ふっつりといじめが止んでからは学校でも全然へっちゃらなふりをしていたけれど、本当はいつも寂しくて、空虚で、不安で、怖くて怖くてたまりませんでした。

ごく親しい一部の友人を除いて、クラスメートのことは異世界人だと思っていました。
いやどっちかっていうと、私の方が異世界人なのか。

心情的には、中田永一先生の『くちびるに歌を』という小説の中で主人公が十五年後の自分に書いた手紙の内容と、とても近いです。
伝わるかな……。

ちなみにこの『くちびるに歌を』は本当に素晴らしい作品なので、読んだことのない方がいらっしゃればぜひ一度手に取ってみてください。
映画化もされています。見てないから映画の方の出来は知らないけど、原作はとにかくものすごく良いです。

2.授業が怖い

また別の話をしましょう。

学校の先生に、とても厳しい方がいました。

その人は生徒の積極性を重視しており、授業中には手を挙げて発言することを推奨していました。

しかし、私は手を挙げることが苦手でした。

答えが分かっても、緊張してしまって体が動かなくなるのです。

「挙げなきゃ」「挙げなきゃ」と思うほどに、胃がギュルギュルと苦しくなって、とても辛いです。

そのため、ほとんど手を挙げずに自分の席で小さくなっていました。

するとある時、その先生から怒られてしまいました。

先生「はいみんな、一旦手下げて。おい○○(私の名前)、お前なんで手挙げねえの?」

(緊張で答えられない)

先生「やる気あるのか?」

(緊張で答えられない)

先生「お前舐めてんのか?」

「……舐めてないです」(超小声)

先生「お前さ、頭いいからって調子乗ってんだろ。天狗になってんじゃねえよ」

「なってないです」

先生「勉強するの? やる気ある? ねえ、勉強やりたいの?」

「やります」

先生「やりますじゃねえよお前、まだ自分の立場分かってねえみたいだな。やるかどうか決めるのは俺なの。やりたいかどうかって聞いてんの」

(答えられない)

先生「はあーあ(深々とため息)。もうさ、やめちまえば? やる気ないなら。別にいいですけど? こっちは」

(勝手に涙が出始める)

先生「あのさ、やる気ないのって、見ればわかるから。さっきからソワソワソワソワしてさあ、手は上げないし授業は聞かない。もういいんじゃない?」

(意味わからんと思いながらも涙が止まらない&微動だにできなくなる)

先生「だって発言しないなら、授業出てる意味ないじゃん。人形と同じでしょ? 手上げないなら、ここに人形おいときゃいいじゃん。お前が授業出る必要ないじゃん」

(以下略)

だいたい、こんな感じです。

この文章を打っているだけで、動悸が激しくなり、再び涙が出そうになってきました。
本当に……、本当に、思い出すだけでも辛いです。

怒られている時の感覚を言葉で表現すると、

「冷たい鉛を体内に注ぎ込まれている感じ」
「寒気がする」
「胃が痛い」
「氷柱で突き刺された感じ」
「体がこわばってしまって言うことを聞かない」
「耳と胸が不自然に熱い/火照る」
「冷や汗をかく」
「自然と涙が出る」
「頭が真っ白になる」
「動悸が激しくなる」

といった感じです。

ここまで厳しい先生は後にも先にもこの方だけだったのですが、これと似たような叱られ方をすることは非常に多かったです。

そしてそのたびに、似たような症状を呈していました。

また、小学生の頃の通信簿は、「積極的に手を挙げて発言する」の項目だけが常に△(最低評価)でした。

※ちなみにこれは自慢ですが、高校時代の成績表は完全にテストの点数のみで評価されていたため、実技科目以外ほぼオール5でした。

決して、やる気がないわけではないのです。
むしろ、人の言うことはよく聞いて、自分で言うのもなんですが非常に真面目に行動する人間でした。
そのことは、宿題をほとんど忘れたことがないことやテストの成績が良かったことなどから分かってもらえる――とこの記事を読んでいる方に言ってもしょうがないのですが――でしょう。

それなのに、「手を挙げないから」「発言しないから」といった理由だけで叱られるのは、とても理不尽に思えました。

そんなに発言させたいのならば、せめて現実的な対処法をアドバイスしてくれよって感じです。
私だって、好きで黙り込んでいるわけではなかったのですから。

以上が、具体的なエピソードです。
さて続いては話を戻して、病院に行くまでのことを書いていきます。

【病院に行くまでのこと】

私は物心ついた頃から現在に至るまで、今まで書いてきたような状態が続いていました。

また、上記のような困りごとだけではなく、鬱に当てはまりそうな症状もよく出ていました。
何もする気になれなくて一日中寝ていたり、学校に行きたくなくて逃げ回ったり……

そして大学生になってから、そういった状況が急速に悪化しました。

実を言うと、高校を卒業するころには、上記の症状はかなり改善されていたのです。

それが再びダメになってしまった――なんなら小学生の頃よりもひどくなってしまったというのが、大学入学以降の状態です。

高校を卒業するまでになぜ症状が改善されていたのかというと、それは環境に恵まれていたからです。

高校では、真面目に勉強をしていれば先生方は優しく接してくださいましたし、気の置けない友達も増えました。

もちろん苦手な相手はいましたが、そんな相手に対しては距離を置くという対処が可能でした。
そういった対応を取れる、大人びた人が多い学校だったのかなとも思います。

結果、そこまで色々なことを不安に思わずに済むようになりました。

例えば、準備期間があるものであれば、クラス規模程度の発表は難なくこなせるようになりました。
むしろ、自分から手を挙げて発言することもありました。

また、部活の仕事で外部企業に電話を掛けたり、複数の先生方と打ち合わせをしたりすることもありました。

人並み以上には不安なことが多かったと思いますが、私にしては随分な変化でした。

それが大学生になった途端、すっかりできなくなってしまいました。

少なくとも精神的な面に関して言えば、幼稚園児の頃に戻ってしまったかのようでした。

大きな要因は、繰り返しになりますが、環境の変化でしょう。

全く知らない人間と一から関わるのが久しぶりのことだったので、どう接すればいいのか分からなかったのです。

教授の振る舞いも、高校までの先生方とはまるで違います。

頑張っていれば、高校生の時みたいに少しずつ慣れていくはずだ――そう考えて、最初は積極的に、そして誠実に行動しようと思ったのですが、うまくいきませんでした。

結果として、遅刻やサボリが増え、成績は超絶低空飛行。

新しい友達もゼロ人という状況に陥ります。

大学に行くことが苦痛でした。将来も見えませんでした。

そこでようやく、病院に行くことを決意します。
以前から精神疾患は疑っていたものの、病院へ行くとなると踏ん切りがつかなかったのです。
高校生という身分では自由が利かなかったせいもあります。
※ちなみに、親には何も相談しておらず、薬をもらってから事後報告という形を取りました。

1.病院選び

まずは、病院を探しました。

電話が苦手なので、webで予約できる場所あるいは予約無しで行ける場所を探しました。

(これが意外と少なくて、この時点で何度か挫折しました……。結局最初の病院に行くと決めるまでに、数か月掛かっています。本気で全ての精神科にお願いしたいんですけど、web予約をOKにしてください。だって、「電話ができない」っていう相談がしたくて診察に行く人もいるんだから……。)

また、当初は自分の症状を正確に把握できていなかったため、右も左も分からない中で、とりあえず“行けそうな場所に行く”という感じでした。

ネットの口コミを見ているとどこにも行きたくなくなってくるので、さほど参考にはしませんでした。あんまりにも酷そうなところは避けたけど。

2.某心療内科へ

最初に行ったのが、とある心療内科です。
web漫画が有名なところですって言えば、分かる人には分かるかも。

家族にも友人にも伝えず、こっそりと受診しました。
ちなみにここに行くために大学の講義を1個ブッチしました。

結果から言うと、回転率が高い場所だったせいか、あまり丁寧に話を聞いてもらうことはできませんでした。

また、提案されたことに対して唯々諾々と従っていった結果、かなりお金がかかりました。
確か薬の処方無しで5000円以上は払った気がする。初診ってこんなものなんでしょうか?
未だによく分かりません。

その時に医師から言われたのは、「反復性鬱ではないか」とのことです。

医学的な正式名称はよく分からないのですが、要するに鬱を繰り返す状態ということですね。

薬を提案されて、「正直あまり使いたくないのですが……」と伝えたところ、「でも普通は薬使いますけどね(苦笑)」といった態度を取られて、少し怖かったことを覚えています。

初診はそんな感じで、正式な診断や治療は次回以降と言われて終わりました。

しかしその後考えた結果、次回の予約は取り消すことにしました。

予約の取り消しは電話連絡で行ったので、本当に本当に心の底から緊張しました。
(自分の家では家族に聞かれるかもしれなくて電話ができないので、駅のホームで周りに人がいないタイミングを狙って電話しました)

以来、その病院には行っていません。

3.大学の学生相談所へ

次に向かったのが、大学の学生相談所です(病院ではありません)。

この時期には、“病院に行ったところで意味は無いのかな……”と思っていたので、カウンセリング等の相談機関を探していました。

大学の学生相談所に決めたのは、自分の大学の制度について分かってくれていることに加えて、お金をかけずに済むからです。
私は金欠大学生で、自由に使えるお金があまりありませんでした。

しかし最初に行った時には、
「真面目そうだし、大丈夫ですよ!」
「環境が変わって焦っているだけでは?」
と、取り合ってもらえずに終わります。

その後も、時間を置いたり相手を変えたりして何度か通うものの、あまり相性が良くありませんでした。

むしろ、世間の常識と自分の感覚のズレをひしひしと実感してしまい、絶望の色が濃くなりました。

この頃から、“私が普通に卒業して就職するなんて無理だから、創作で食べていく道を探したい” と思うようになります。

4.某精神科へ

学生相談所で絶望してからしばらくは、どこにも相談に行きませんでした。

なぜなら、意味がないと思ったからです。

相談したところで、ロクに話を聞いてもらえずに薬を出されて終わるか、「気の持ちようだから自力で頑張ってね!」と無邪気に励まされるかのどちらかなんだなあと感じていました。

ところがやはり、また気持ちの落ち込む時期があり、にっちもさっちもいかなくなって、再び病院に行くことにしました。

今度行ったのは、精神科です。

病院が何とかしてくれると思ったわけではなく、もしも何か具体的な疾患があるのであれば、その診断だけでも下してもらいたいと思ってのことです。

診断の内容次第では、利用できる支援制度やサービスがあるはずです。
それらを検討するために、病院に行く決意をしました。

今までの経験上、少なくとも最初の診断は、自己申告に大きく左右されることが推察されました。

「同じ症状であっても、××な伝え方をすると、××な診断が下されるんだろうな。逆に○○な伝え方をすると、○○な診断が下されるんだろうな」と、なんとなく予想がついてしまうのです。

人と話すことが苦手な私にとっては、この伝え方如何で正確な診断が受けられないかもしれないのは、非常に困ります。

実をいうとこの頃にはすでに、自分なりに勉強して、「社交不安障害」が根本的な問題なのではないかという結論に至っていました。

そこで、初診の際には「社交不安障害」に該当する症状を軸にして話しました。

事前に症状をリストアップしておき、それを見ながら話していった感じです。

結果、予想通り、社交不安障害ではないかと言われました。

その後書いていただいた診断書には「不安障害」と、より幅広い方の名称で記されていたので、「大枠は不安障害。より細かい病名はまだ分からない」といった感じなのかなと思っています。

詳しいことは分からん。当事者でも分からん。

本当は、こうやって診断の内容をコントロールしようとするのは良くないのかもしれません。

しかし私は、あまり病院を信用できずにいます。

複数の症状があったとしても、その背後に複雑な環境や性格の問題があったとしても、そのすべてを理解してもらうことは不可能です。特に、初診の段階では。

そのため、なるべく不利益が生じないように、自分が得たいと思う結果に近づけるような話をしようと思ったのでした。

予想外だったのは、自覚している以上に身体症状が大きかったらしいことです。
提案を受けて、結局、投薬治療を開始することになりました。

本当は「やっぱりそんなに話聞いてもらえなかったし、薬も飲みたくないんだよな」と思っていたのですが、なんだかもう断る気力もなかったので、言われるがままに薬を受け取っていました。

家族(一部)には、この段になってようやく、病院に行ったことを伝えました。
が、詳しい話はしていません。事実だけ把握しておいてもらえればいいかなと思っています。
多分あまり理解してもらえないので、わざわざ丁寧に話して傷つくことが怖いです。

【周囲への相談】

また病院へ行くほかにも、幸いなことに周囲の人に相談をする機会もありました。

相談相手は、高校時代に仲が良かった友達や、お世話になった先生です。

その数は決して多くは無かったのですが、彼彼女らと久しぶりに会い、自分の内情を打ち明けることによって救われた部分がたくさんあります。

何をアドバイスされるわけでもなくても――もちろん何かをアドバイスされたのだとしても――話を聞いてもらえるというその事実が私に安心感を与え、「ここに居てもいいのだ」と思わせてくれました。

高校生の頃も今も、私のような面倒くさい性格の人間を普通の個人として扱って、普通に接してくれることが、それだけで本当に嬉しかったのです。

そして、その思いは確かな創作意欲や、将来への希望に繋がりました。

実際、そういった人たちに相談してから精神科に行ったところ、精神科の方から「雰囲気が変わったね」と驚かれたくらいです。

ですから友達と先生には、本当に感謝の念しかありません。

私の話を真摯に聞いてくれて、駄目な私を受け入れてくれて、言葉を返してくれて、本当にありがとうございます。

先ほど書いた、小学生の時には出会えなかった”白馬の王子様“。
ただ話を聞いてくれる存在。時には、優しくアドバイスをくれる存在。
それが、今の私にはいるのでした。

このありがたさを忘れないように、いつかは私が彼彼女らに恩返しができるように、生きていきたいです。

……とか言いつつ、逆に信頼を裏切るような暴走ばかりを繰り返しているのが現状なので、本当にもうダメ人間すぎて自分が嫌になるのですが。
(心底申し訳ない)

【私なりの対処法】

ここからは、私なりの対処法について書いていきます。

1.服薬

まず、前述の通り薬を飲み始めました

最初の数か月間は、1‐2週間おきに使う薬を変えて、自分に合う薬を探していました。

全く効果がない薬もあって笑っちゃいましたが、現在は2種類の薬に落ち着いています。

※追記:先日から、また薬を変え始めたのでやっぱり落ち着いてはいないです。
 自分に合う薬がなかなか見つかりません。

結果、改善したのは
「少しばかり寝つきが良くなった」
以上です。

根本的な緊張しやすい性格は変わっていないかな? という感じで、劇的に効果があったわけではありません。

相変わらず、電話もzoomも苦手&嫌いです。

お店に一人で入るのも怖いし、騒がしい場所にはなるべく行きたくありません。

2.日常生活での工夫

その他、日常生活での工夫は以下の通り。

発表をしなければならない時には、他の人の何倍も時間を掛けて、原稿を用意し、ビデオで自撮りして何度もリハーサルを行い、心を落ち着けています。

電話をかけなければならない時には、要件や会話の流れをフローチャートで書き出し、どんな返事が返ってきても大丈夫なように、よく準備しています。

知らない人が見たらドン引きするレベルで細かく準備していると思います。

先に電話がかかってくると分かっている時には、相手の番号と名前を電話帳に登録しておき、かかってきた段階ですぐに誰からか分かるようにしています。

また、可能な限り電話やzoomではなくチャットで済むようにお願いしています。

……ビジネス以外の電話(友達からかかってきた電話)は、ほぼほぼ無視してます。
ごめんごめんマジで怒らないで。こればっかりは無理なんよ、ほんとに。

3.検討中の対策その1

現在、自分の特性を紙に書いてまとめ、親しくない人と話すときには最初にそれを提示するという対策もアリかな? と考えています。

たとえば白杖を持った人を見れば、一目で視覚障碍者だと分かりますよね。そうと分かれば、周りも対処しやすいです。

それと同じように、自分の特性を先に伝えてしまうことで、やり取りを円滑にするという方法です。

もしかしたら、障害を積極的に伝えることで傷つけられる可能性も高くなるかもしれませんが、逆に救われる可能性もあると思います。

まだ、実行に至る度胸はありませんが……。

いっそのこと、このブログ記事のQRコードを生成して、名刺に貼り付けておこうかな??

4.検討中の対策その2

こちらに関しては、日常生活における工夫というよりも将来的な話になるのですが、「なるべく普通の人と同じように働きたい」と考えた場合には、専門の相談機関に相談して自分の特性に合った職場を探すのがベストなのかなと思っています。

……専門の相談機関ってどこだよって話なんですが。

例えば大学生なら、大学のキャリアサポート室のような場所。

それ以外なら、エージェント系の会社やサイト(ググると色々あるみたいです)。

それこそ精神科で聞いてみる。

とりあえず役所に行って聞いてみる。

とか、そんな感じでしょうか? ぜんっぜん分からん。今度また調べます……。

人によっては、自立支援制度や障害者手帳なども賢く利用していきたいところですよね。

※ただし、先日精神科で担当医に聞いてみたところ、あまり芳しくない反応だったので、「働く」という壁は非常に高いものなのかもしれません。。

【釈然としないこと、周囲への思い】

一応の診断が下り、様々な対応を取り始めたわけですが、実を言うと、未だにモヤモヤした思いが残ってます。

なぜなら私は、

  • zoomや電話での業務がない
  • 丁寧に仕事内容を説明してもらえる
  • 攻撃的な人がいない
  • 基本的に一人作業オンリー

という環境であれば、仕事も勉強も滞りなく行えるからです。

現に高校時代は、色々大変だったとはいえ充実した生活を送れていました。

時には人前で発表することもありましたし、親しいメンバーの前では堂々と意見を述べることもできました。

先ほども述べた通り、かなり症状が改善していたのです。

したがって、社会で働く場合にも、適材適所を徹底して自分に合った働き方をさせてもらえるなら、投薬は必要ないのではないかと思っています。

少し話は変わりますが、障害の捉え方には、医学的・絶対的に捉えるものと、環境に応じて相対的に捉えるものがあります。

これについて、極端な例え話をしてみます。以前自分で書いた小説の登場人物に言ってもらった台詞なのですが――

例えば現状、目の見えない人は「障碍者」に分類されることでしょう。

目が見えないことによって不利益を被っているからです。

しかし、もし仮に、目の見えない人も目の見える人と全く同じように生活することができる環境が整っているならば、彼らは障碍者にはなりえません。

そうですよね?

要するに、全く同じ性質の人であったとしても、環境次第で障碍者にも健常者にもなりうるということです。

「障碍者」の「障碍」は、その人自身の性質ではなく、その人の自由を阻む環境要因のことを指しているのです。

バリアフリーやノーマライゼーションという言葉がありますが、それは、環境を整備することによって障碍者と健常者の別をなくそうという取り組みだと、私は解釈しています。

逆に言うと、医学的に問題が無いとされている人であっても、環境が悪ければ障碍者になりえます。

障碍者か否か(障害があるか否か)の判断は、「生活に支障をきたしているかどうか」で判断されるべきなのです。

そのような人は、環境を変えるなり、自分が変わるなり、外部の支援を受けるなり、なにがしかの対応を取る必要に迫られます。

話を戻しましょう。

社会で働く場合にも、適材適所を徹底して、自分に合った働き方をさせてもらえるなら、投薬は必要ないのではないか――という話をしていました。

そういう風に感じる理由として、なによりも、私は今の自分自身が嫌いではないということがあります。
苦労することが多いという意味では嫌なんですが、自分では自分のことが好きなのです。

意図的に他者を陥れたり、いじめたり、見下して喜んだりするような人間にだけはなりたくありません。
弱者の気持ちを理解できずに、強者の論理を振りかざして生きるような人間にも、絶対になりたくありません。
そのような人間でないことが、私の唯一の誇りであり、なによりも大事にしていることです。

むろん、「メンタルが強い人⇔そのような嫌な奴」などと述べるつもりは毛頭ありません。
強くて優しい人もたくさん存在しているでしょう。
逆に、弱くて嫌なヤツだって大勢いるでしょう。
強くて優しい人になれたら最高ですし、そうなりたいと願ったことは、一度や二度ではありません。

しかし私は、今の私に満足しています。
私にしか理解できないことや、私にしか描けない世界が存在しているからです。
トートロジーの袋小路に迷い込みそうですが、私は私でしかないからこそ、私が好きなのです。

ここで少し、好きな漫画の台詞を紹介させてください。
『進撃の巨人』のマルコ・ボットがジャン・キルシュタインに告げた台詞です。

怒らずに聞いてほしいんだけど…
ジャンは…
強い人ではないから
弱い人の気持ちがよく理解できる

(中略)

それでいて現状を正しく認識することに長けているから
今 何をすべきかが
明確に分かるだろ?
まあ…僕もそうだし
大半の人間は弱いと言えるけどさ…
それと同じ目線から放たれた指示なら
どんなに困難であっても
切実に届くと思うんだ。

――諫山創『進撃の巨人』4巻pp.181-183

私は、この台詞を言われたジャン・キルシュタインのことが大好きです。
この台詞を言ったマルコのことも大好きです。

そして、このような考え方ができるのであれば、彼らのように生きられるのであれば、弱い人間でも悪くないのかなと思いました。

※とはいえ、ここでの「弱い」は、今まで言ってきたような私のような弱さのことではないのですが。ジャンは全然、私みたいなタイプの弱い人間ではなくて、むしろ非常に気の強い性格です。
でも、このロジックそのものが好きなので、台詞を引用させてもらいました。

【〈成長モノ〉への違和感】

現代の社会においては、強い人間こそが正しいとされているように思えます。

いや現代の社会というか、生物の歴史においては、常にそうであったと思います(むしろ現代は、そうではなくなってきた方なのでしょう)。

それもそのはずで、種を生存させるためには、強い生物の方が有利だからです。

性格に関して言うならば、ちょっとのことではへこたれず、怒られてもそれを力に変えて頑張れる人。
人前で堂々と意見を述べ、積極的に活動できる人。
いつも元気に挨拶をして、ハキハキと分かりやすく喋る人。(ましてや、電話業務なんて当然のごとく行える人!)

そんな人が、有能な人材とされています。

そして、そのような画一化された人間が求められています。

個性豊かな――と口では言いつつも、最終的に素晴らしいとされている形は、一つに決まっているのです。

つまり、“考え方”の多様性はある程度認められているのかもしれませんが、“性格”の多様性は認められていないと感じられるのです。

いやいや、そんなことないよ。大人しい人だってたくさんいるし、みんな大事にされているよ。
そう思う方がいるかもしれません。

あるいは、強く生きられないなんてただの甘えだ。非難されて当然だ。
そう感じる方もいるかもしれません。

こうした意見を、完全に否定する気はありません。
状況によっては、これらの意見も正しいのでしょう。

しかしながら、想像していただきたいのです。

声を出そうとしても、喉元で詰まってしまって、どんなに頑張っても言葉にならない感覚。

動かなければと思っているのに、指一本動かすことができず、体から冷や汗が噴き出し、顔が耳まで真っ赤に染まっていく感覚。

ちょっとした緊張で、冷たい鉛を流し込まれたかのように、お腹が気持ち悪くなってしまう感覚。

突然頭が真っ白になり、何も考えられなくなる感覚。

そしてそんな感覚が、たまの重要な発表の時だけではなく、日常生活の中で何度も訪れるような人の気持ちを。

周りからは、「そんなのは慣れだよ。練習すれば/年を取れば平気になるよ」などと言われます。

「挨拶をしないなんて、失礼な奴だ」「なんで自分で考えて動かないんだ」「泣けばいいと思っているのか」などと言われることもあります。

学校のような空間では、生徒の積極性を重視する先生から「発表しないなら、出席していないのと同じ。人形と同じ」なんてことを平然と言われ、やる気がないものとみなされます。

時には「もっと肩の力を抜いて。気楽にね」と言ってもらえますが、そんな言葉すらプレッシャーになりえます。
自分の意思でこんな状況に追い込まれているわけではないのですから。

物語のジャンルの1つに、〈成長モノ〉があります。
最初は弱くて消極的だった主人公が、様々な試練を乗り越えて、強くて積極的な人間になるような物語です。
あるいは、性格の悪かった人間が、相手のことを理解して“良いやつ”になるような物語です。
後者のようなものは一旦置いておいて、私が引っかかるのは前者です。
つまり、弱いものが強くなるという展開。
一体どうして、当然のごとく、強くて積極的な性格の方が正義だとされているのでしょうか。
それぞれが自分にできることをこなして、足りないところは補い合って、持ちつ持たれつで社会を回していくのでは駄目なんでしょうか。

社会は弱い人間に対して、強くなることを要請しています。

少なくとも私の目には、そのように映っています。

どうして、私が変わらなければいけないのでしょうか。

どうして、生まれて持った性質のせいで、心無い言葉を浴びせられなければならないのでしょうか。

なにもかもが理不尽に感じられて、悲しいです。

もちろん社会の一員である以上、一方的に「私に合わせてくれ!」と言うつもりはありません
それは、相手だけに過度な負担を強いることになるからです。

だからこそ、病院に行き、診察を受け、投薬を始めました。

他にも、先ほど書いたように色々な対策を取っています。

ただ、こういった生活を続けるのは、とてもしんどいです。

疲れが蓄積されていき、鬱のような症状を呈してしまうことがあります。

治療を受けるためには、当然、人よりお金もかかります。
私はまだ恵まれている方なので支払うことができていますが、この先どうなるかなんて分かりません。

いわゆる”普通”の働き方ができないとなると、必然的に生活も不安定なものになっていきます。
こうなると、生きていくのが大変です。

そのため、少しでも多くの方に理解していただき、多少なりとも歩み寄ってほしいと思っています。

今の世の中において、様々な障害が認められ、少しずつ多様性が実現するようになった背景には、当事者の方々が声を上げてきたことがあるでしょう。

バリアフリー化の進展や、障害自体への認知度の向上、ヘルプマークの浸透などが、その表れです。

もしも、彼らが黙って多数派に合わせようと努力するばかりでは、何も変わらなかったと思います。

ですから、私も、ここで主張します。
「様々なことを不安に感じる性質」は、悪ではありません。
努力不足でもありません。
ただの個性です。

私の場合は病院に行って薬をもらいましたが、それだって強要するようなことではないと思います。

たとえ診断が下っていなくても、薬を使っていなくても、そういう性質を持っているのであれば、それはその人の個性として尊重されるべきです。
※もちろん自分が変わりたいと思うのであれば、投薬等の対応によって変化することも認められる前提で。

先程言った通り、私自身、周りの過度な負担になってしまわないようにできる限りの努力はします。

こうした努力が少なくて済むことが理想ですが、制度や理解が追い付いていない以上、生きていくためには仕方ありません。

逆に周りの方々には、私を理解してほしいです。

例えば私は、前述の通り、

  • zoomや電話での業務がない
  • 丁寧に仕事内容を説明してもらえる
  • 攻撃的な人がいない
  • 基本的に一人作業オンリー

という環境下であれば、他の人となんら変わりなく振舞えます。

分かりやすくするために上記の4項目を挙げましたが、もっとシンプルに言うならば、「私の性質を理解して、悪意を持たずに接してもらえること」さえ達成されれば、私の憂いは無くなるのです。

どちらか一方に合わせるのではなく、お互いにお互いを理解し、歩み寄る社会が、私の理想です。

そしてそんな世の中を、自分の創作世界の中だけでも実現させたいと思っています。

【そうは言っても】

さきほど、自分では自分のことが好きだ――と書きました。

しかしこの言葉には、若干のウソが含まれます。

自分のことなんて大っ嫌いで死にたくなる時が、よくあるからです。

自分のことが好きでもあるし、嫌いでもある。
何の取り柄もないことは分かっているけれど、それでも生きていたい。
いや、やっぱり希望なんてないから死んでしまいたい。

そんな相反する感情が常に頭の中をうごめいています。

果たして、私はどうすればよいのでしょうか?

この世の中に、どうやって存在していけばよいのでしょうか?

社会に何かを要請するばかりではなく、もっともっと、自分自身が変わるべきなのでしょうか?

私のような人間がこの世界に存在することには、何か意味があるのでしょうか?

答えは未だ、見つかりません。

もしかしたら、永遠に見つからないのかもしれません。

【終わりに】

米津玄師さんのHPに掲載されている『幸せな日々』という物語をご存じでしょうか?

下記のURLから読めるので、可能であれば、もう少しだけお時間をいただいて、読んでみていただきたいです。

https://reissuerecords.net/gallery/

……さて、読んでいただけたでしょうか?

お読みになった方は、私が何を言いたいのかわかると思います。

勝手に解説なり解釈なりをするのも野暮かと思うので、詳しくは述べません。

私はただ、薬を飲むたびに、この絵本のことを思い出します。

自分の症状について考えるたびに、精神科に向かうたびに、このカリブーのことを思い出します。

私もいつか、彼のようになるのではないかという不安を抱えながら。

それでも無限に湧き出してくる不安に気づかないふりをしながら、無理やり、長い夜を短くするのです。
思考を止めて、眠るのです。
なぜなら、それがこの世界では正しい生き方だとされているから。

しかしながら

いつか私のような人間がもっと幸せに生きられる社会を願いつつ、今回の記事を終わります。

最後まで読んで下さって、本当にありがとうございました。

以上、甘抹らあでした。

Twitter→@amamatsu_lar